Home > ルーマニアの事件・ニュース > ルーマニア革命から20年

ルーマニア革命から20年

  • 2009-12-21 (月) 16:32
  • ルーマニアの事件・ニュース

今日、12月21日の20年前、ブカレストでは、官製集会が開かれチャウシェスクの演説中に野次が飛ぶます。集会に集まっていた人々の一部が抗議デモを開始。治安部隊が発砲する事態になります。そうあのルーマニア革命から、ちょうど20年。
最近、テレビでルーマニア革命について、目にする機会が多くあります。

ルーマニア革命の発端は、1989年12月16日、ティミショアラで起こったデモ。政府がハンガリー人牧師への国外退去処分を命じたため、これに対する抗議だったのです。
デモに対し、治安警察が発砲。さらに17日にはデモに加わる人が増え、午後には戦車なども出動し、銃撃戦に。
この時の銃撃戦のあとは、今も街にのこっていて、当ブログでも、革命の発端場所として、紹介しました。そして、下の写真はデモに集まった広場に面した教会の入り口。銃撃戦の時に、この教会に逃げ込もうとし、逃げ遅れ、撃たれた人々の血で、この階段が赤く染まったそうです。
timisoara

18日にはティミショアラは封鎖。チャウシェスクは、予定どおりイラン訪問にでかけます。夫人も同行する予定だったそうですが、急遽、夫人はルーマニアの残ったそう。
20日には、首相がティミショアラに赴き、説得しようとするが、失敗に。イランから戻ったチャウシェスクは、テレビでティミショアラの事件を公表。外国の陰謀説を唱えます。

そして、21日には、チャウシェスクに対する抗議がブカレストなど各地へ伝わっていきます。ブカレストでの大会では、チャウシェスクに対し野次がとび、爆弾を爆発させる事件が発生します。その後、独裁政権に対する抗議デモに発展。治安部隊が発砲する事態に。軍も召喚されますが、国防大臣は群集への発砲を拒否し、射殺されます。これにより、軍は市民側につきます。
22日は市民が共産党本部になだれこみ、チャウシェスク夫妻はヘリコプターで脱出。放送局が革命側の手に落ち、革命を市民に呼びかけます。
その後も、ブカレストや各地で銃撃戦が。
23日、チャウシェスク夫妻は別荘から車で逃亡中に逮捕されます。

25日、チャウシェスク夫妻に対する裁判。そして、私もテレビで見ていましたが、チャウシェスク夫妻の処刑はとても衝撃でした。
コレに関しては、イリエスク元大統領(79)が毎日新聞と会見した記事”ルーマニア革命20年:大統領処刑「間違ってない」”の中で、”「(政権転覆後も続いた)市民の犠牲を止めるため処刑を決断した」と証言した”そうです。

たくさんの犠牲をだしたルーマニア革命から、20年たった今も、解明されていなじ事も多いです。革命にたいしても、市民革命ではなく宮廷クーデターだったのではという見方があったり、それ以外にも諸説あります。下にリンクしました、nhkのBSで放送された世界のドキュメンタリー「ルーマニア革命は仕組まれたのか~チャウシェスク打倒の裏で~」では、西側諸国に操られ、意図的に引き起こされた側面があると報じています。

そして、20周年という今年に、ノーベル文学賞の受賞が決まったのが、ルーマニア出身のドイツ人作家、ヘルタ・ミュラーさん。なんとなく不思議な縁を感じます。
受賞後、彼女が自宅のあるベルリン市内で記者会見した時の言葉がとても印象的でした。
毎日新聞のノーベル賞:独裁の記憶が過ぎ去ることはない 文学賞受賞のミュラーさんが会見という記事から引用

「時が過ぎても、独裁の記憶が過ぎ去ることはない」

ミュラーさんは「独裁下で生き延びることができなかった友が私にもいる。問題なのは、まだそうした歴史を直視しない人々がルーマニアにいることだ」と弾圧側に回った人々を非難した。

20年たった今も過去をなかなか振り返ることができず、前に進めていない部分もあるのだと思います。そして、wikipediaには、”「革命の後遺症」をかかえている”とかかれています。後遺症を治すことは、なかなか大変なことでしょう。
それでも、社会主義時代を知らない、革命後に生まれた子どもたちが成人になっています。彼らによって、ルーマニアは今後、変わっていくのではないでしょうか。

■関連リンク
>>毎日新聞より
ルーマニア革命20年:大統領処刑「間違ってない」
From:ルーマニア 消えぬ独裁下の記憶

>>youtubeより
・ルーマニア革命は仕組まれたのか1/5

ルーマニア革命は仕組まれたのか2/5
ルーマニア革命は仕組まれたのか3/5
ルーマニア革命は仕組まれたのか4/5
ルーマニア革命は仕組まれたのか5/5

また、こちらもおすすめです。10年前に作られた番組のようですが、チャウシェスクの生い立ちや家、別荘なども紹介されています。
衝撃の映像ルーマニア革命の真実は1
衝撃の映像ルーマニア革命の真実は2
衝撃の映像ルーマニア革命の真実は3
衝撃の映像ルーマニア革命の真実は4
衝撃の映像ルーマニア革命の真実は5

Popularity: 100% [?]

★ただ今、ランキングに参加中!!お暇ならクリックしていただけると嬉しいです。
にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ
にほんブログ村
応援ありがとうございました。

スポンサードリンク

▼関連記事:

  1. ルーマニア革命のとき、何をしていたか

コメント:2

ささ 09-12-22 (火) 9:44

何かを感じた自分をここで表現したい。でも実際具体的に何をどう感じたのか、自分でもわからない。もどかしいです。リンクしてくださったもの、後で観ようと思います。

マリチカ 09-12-23 (水) 2:40

さささん
その気持ちはとてもよくわかります。なかなか言葉にでないことありますよね。

是非、お時間のあるときに、リンクの動画見てください。とても考えさせられます。

コメントフォーム
Remember personal info

トラックバック:0

この記事のトラックバックURL
http://romania.honey2milk.com/blog/2009/kakumei-3/trackback/
Listed below are links to weblogs that reference
ルーマニア革命から20年 from ルーマニアの片隅で

Home > ルーマニアの事件・ニュース > ルーマニア革命から20年

検索
プロフィール
marichika
名前:マリチカ
一言:国際遠距離後、2004年秋にルーマニア男性と結婚。結婚とともにルーマニアの地方都市で生活を開始。
いつかは日本で生活したいと思いつつ、気がつけば、ルーマニア生活も6年目に突入!
最近では、少しのことでは驚かなくなり、気づけば考え方がルーマニア人的になっているような・・・。
写真、音楽、映画、サッカー、旅行などが好き!
詳細のプロフィールについては、ブログについて
リンク集
by Tweet Button
最近の人気記事
  • その他
    あわせて読みたいブログパーツ
    にほんブログ村 海外生活ブログ 東欧・中欧情報へ
    にほんブログ村
    ルーマニア関連本
    Feeds
    Meta

    Return to page top